お葬式は昨日終わったのですが初七日までいられなくてゴメンとここで謝ってももう届かないのですが、いいお婆ちゃんだったのですよ。父方の祖母で、大正五年生まれ、数えで90歳でした。わたし下の日記で昭和SHOWWA書いてますが、おばあちゃんは大正生まれで、六年前に亡くなった母方の祖父は明治の一番終わりの年の生まれでした。母方の祖母だけはまだ病院で元気なので、ちょっと行ってくる…つか今行けみたいな気持ちになりましたよ。なんかいつまでも永遠に元気なんじゃないかみたいな錯覚に陥ってたけど、実際そんなわけないんですよね。
 父方の祖母はあの年齢にしては海外旅行好きで、ハイカラ(これも死語か)な人でした。わたしが高校生の時パリに行くと言うので「ヴィトン買ってきて!」って頼んだら、帰国後に「スニーカーで行ったらパリのヴィトン本店は入れてくれなかったのよー、あれは黄色人種差別だよ!」言うて怒ってましたが、いやいやそれは差別つーか多分ふつうにドレスコードみたいなのに引っかかったのでは…と後年思いました。日本国内だとどんな服を着ていても大体どの店も入れちゃうけど、パリはさすがに違うんでしょうか。一度この目で確かめたいです。というか、徐々にボロい服に着替えて何度も行って、パリのヴィトン本店の基準を試したいです。あとおばあちゃんの部屋でよくテレビを見せてもらったんだけど、ルパンの銭形警部が好きって言ってました。理由は「危ない目に遭っても絶対死なないから」だそうです。今思うと重い言葉だなあ。あっあとその時パタリロがアニメで放映されていて、裏番組があばれはっちゃくで弟がそれ見たいって言うからチャンネル権争いで負けて、それでおばあちゃんの部屋でパタリロ見せてもらったんだった。普通に男同士のベッドシーンが映って、おばあちゃんに「これはどっちが女の人なの?」聞かれて困った記憶が鮮明に…己の将来を暗示していたような記憶だな…あとおばあちゃんの部屋に行く階段によくコガネムシが落ちていて、それを素足で踏んで絶叫したのもいい思い出…か…?? あーあと鎌倉でバスケット買ってもらった。そんな細かいことばかり思い出します。



 
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